2026/01/22
前回の記事(質的研究の理論的飽和とインタビュー人数|なぜ事前に決められないのか)で、理論的飽和は「後からしか分からない」という話を書いた。10人目で飽和したかどうかは、11人目、12人目をやって初めて確認できる。
今回は、その続きの問いを立てたい。
11人目、12人目のインタビューで出てきた情報を、既存カテゴリーに加えず、新しいカテゴリーとして立てたらどうなるか?
そうすれば、理論的飽和を「操作」できるのではないか。
結論から言えば、支障がある
この発想には、いくつかの問題がある。
1. 飽和の定義を満たさない
理論的飽和は「新しい概念・カテゴリーが出てこない」状態だ。新しいカテゴリーを作ること自体が、「まだ飽和していない」ことの証拠になってしまう。飽和を操作しようとして、かえって飽和から遠ざかる。
2. データへの忠実性の問題
11人目で出てきた情報を、既存カテゴリーと切り離して「別カテゴリー」とするのは、恣意的な操作だ。本来であれば、その情報が既存カテゴリーに統合されるべきものか、本当に新しい概念なのかを、データに基づいて判断しなければならない。「10人目で飽和させたいから別にする」は、データへの忠実性を欠く。
3. 論文審査で説明できない
審査者に「なぜこのカテゴリーは別なのか」と問われたとき、根拠を示せない。「10人目で飽和させたかったから」では通らない。カテゴリーの区分には理論的な根拠が必要だ。
ただし、ここに難しさがある
この問いを立てること自体には意味がある。なぜなら、「新しい情報」と「新しいカテゴリー」の境界は、実は曖昧だからだ。
同じデータを見ても、ある研究者は「既存カテゴリーの補強」と判断し、別の研究者は「新規カテゴリー」と判断することがある。これはバイアスの問題でもあり、解釈の問題でもある。
たとえば、10人目までに「時間的制約」「人手不足」というカテゴリーが出揃っていたとする。11人目が「休憩時間が取れない」と語った場合、これは「時間的制約」に含まれるのか、それとも「休息機会の欠如」という新しいカテゴリーなのか。
判断は分かれうる。
カテゴリーの粒度をどう設定するか
結局、問われているのはカテゴリーの粒度だ。
粒度を粗くすれば、新しい情報は既存カテゴリーに吸収されやすい。飽和に達しやすくなる。
粒度を細かくすれば、新しい情報は新規カテゴリーになりやすい。飽和に達しにくくなる。
どちらが正しいとは言えない。研究目的や問いによって、適切な粒度は変わる。
ただし、粒度の設定を恣意的に変えて飽和を操作するのは、研究の誠実さを欠く。粒度は一貫した基準で設定し、その基準を明示する必要がある。
まとめ
「新しいカテゴリーを作れば飽和しない」という発想は、理論的飽和の定義に反する。データへの忠実性を欠き、論文審査でも説明できない。
ただし、「新しい情報」と「新しいカテゴリー」の境界が曖昧であることは事実だ。同じデータでも、解釈によって判断は分かれる。
大切なのは、カテゴリーの粒度を一貫した基準で設定し、その判断過程を説明できる状態にしておくこと。飽和を操作するのではなく、自覚的に判断すること。それが、理論的飽和という概念と誠実に向き合う姿勢だ。
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