2026/01/22
グラウンデッド・セオリーの限界とは
グラウンデッド・セオリーは、データから帰納的に理論を構築する強力な手法である一方、その構造上、研究者のバイアスが入り込みやすい可能性がある。
従来の仮説検証型研究では、仮説とデータ収集が分離されているため、一定の客観性が担保されやすい。これに対し、グラウンデッド・セオリーではデータ収集・分析・理論構築が同時並行で進むため、研究者の解釈が各段階に影響を与える余地が大きい。
バイアスが入りやすい構造的理由
1. 理論的サンプリングの問題
理論的サンプリングでは、分析の進展に応じて「次にどのデータを集めるか」を研究者自身が判断する。この仕組みは柔軟である反面、研究者の関心や暫定的な解釈が次のデータ収集を方向づけてしまうリスクがある。意図せず「自分の見たいものを見に行く」形になりやすい。
2. コーディングの主観性
オープンコーディングをはじめとするコーディング作業では、データをどのように切り取り、どのような概念名を付けるかは研究者の解釈に委ねられる。同じデータであっても、研究者によって異なる概念やカテゴリーが生成されうる。
3. 理論的飽和の判断
理論的飽和(新しい概念が出なくなった段階)に達したかどうかの判断も、研究者自身が行う。早めに打ち切れば、都合の良い理論で止まってしまう可能性がある。飽和の基準が曖昧であるという批判は根強い。
推奨されている対策
グラウンデッド・セオリーでは、バイアスを軽減するためのいくつかの方策が推奨されている。
- メモ(memo)の作成:分析過程での思考や判断を文書化し、研究者自身の解釈プロセスを可視化する
- 複数研究者によるコーディング照合:異なる研究者が同じデータをコーディングし、結果を比較・議論する
- 継続的比較分析:新しいデータと既存の概念を常に比較し、解釈の一貫性を確認する
ただし、これらの対策がバイアスを十分に防げるかについては議論が続いている。
仮説検証型研究との比較
公平を期すならば、従来の仮説検証型研究にもバイアスの問題は存在する。
- 仮説自体が研究者の先入観から設定される
- 仮説を支持するデータを重視する確証バイアス
- 有意な結果が出るまで分析を繰り返すp-hacking
したがって、どちらの手法が優れているという問題ではなく、研究の目的が異なる(検証 vs 探索・発見)という整理が妥当である。グラウンデッド・セオリーは、既存理論が不十分な領域での理論生成に適しており、その限界を認識した上で活用することが重要である。

