2025/09/10
質的研究におけるインタビューは、対象者の語りを通じて、その経験、認識、意味づけのプロセスに接近するための重要な手法である。その際、インタビュアーの「問いの立て方」や「聞き方」は、得られるデータの質と分析の妥当性を左右する決定的な要因となる。
「イエス・ノー」で終わる質問の落とし穴
質的インタビューにおいて、Yes/No で答えられる閉ざされた問い(closed question)は、データの豊かさを著しく損なう可能性がある。例えば、以下のような問いを想定してみよう。
この問いは、形式上は質問であっても、実質的には聞き手の意見の提示であり、回答者に同意を求める誘導的な発話である。こうした問いかけに対して、回答者は「はい」「ええ」といった短い応答で済ませることが多く、語りが展開されにくい。
また、回答者の語りに見せかけて、実際には聞き手の視点がデータに混入することになり、後のコード化・カテゴリー化の際に大きな問題が生じる。すなわち、当該発話が誰の視点に基づくものか不明確となり、データの信頼性や透明性が低下するのである。
オープン・クエスチョンの意義
質的研究においては、オープン・クエスチョン(open-ended question)によって、対象者が自らの経験や意味づけを自由に語る空間を確保することが原則とされる。先の例であれば、次のような問いかけが適切であろう。
> 「介護をされている中で、どのような場面でご自身の気持ちに負担を感じましたか?」
> 「介護の中で大切にされてきたことは何ですか?」
このような問いは、回答者の経験世界に接近する契機となり、対象者の語りの中から多様な意味や解釈の層を抽出することが可能となる。
聞き手の介入とデータの妥当性
インタビューの場において、聞き手自身の価値観や解釈を介入させすぎることは、データの「混濁」を招きかねない。特に、聞き手が無意識のうちに自らの考えを提示し、それに対して対象者が同調するような形で応答した場合、それは果たして「対象者の語り」と言えるのか、という問いが立ち上がる。
こうしたケースでは、その発話を分析単位として扱うべきか否かについて判断が難しくなる。質的データ分析では、「誰の言葉か」「誰の視点に基づく意味づけか」が常に問われるためである。
聞き手の自己認識と省察
この問題は単なる技術的な問題にとどまらず、インタビュアーの性格的傾向や対人態度とも関係している可能性がある。たとえば、
- 沈黙を埋めようとする傾向が強い
- 対話を主導しようとしてしまう
- 自らの解釈を先回りして提示してしまう
といった傾向を持つ場合、インタビューの過程で対象者の語りを抑圧してしまうことがある。このため、インタビュー実施後には、録音データの反復聴取を通じて、自らの問い方を省察的に検討する作業(リフレクション)が重要となる。
質的研究において、聞き手の問い方は単なる技術的スキルにとどまらず、**研究の倫理性と信頼性を左右する構成的要素**である。インタビュアーは、自らの問いが本当に「対象者の語りを促すもの」となっているか、あるいは「自分の考えを押し付けるもの」となってはいないか、常に自己点検する姿勢が求められる。
質的データの分析は、聞き手の問い方によってすでに構造化されているという自覚のもと、実践に臨む必要がある。